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金沢区のごみ焼却工場にたたずむ市営地下鉄の旧型車両、地下鉄のない地区に渡った理由とは

金沢区のごみ焼却工場にたたずむ市営地下鉄の旧型車両、地下鉄のない地区に渡った理由とは

ココがキニナル!

シーサイドラインの並木中央駅近くのゴミ処理場に、かなり古い市営地下鉄の電車が置いてありました。 金沢区と地下鉄は縁が無いのに、なぜ地下鉄の車両が置いてあるのか?調べてください!(カーメンさん)

はまれぽ調査結果!

横浜市資源循環局金沢工場にいた保存車両は、ブルーライン開業当初から活躍した1000形。2005年2月に古紙・古布の一時保管場所として1041号車が譲渡され、現在はイベント時に一般公開されている。

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ライター:若林健矢



横浜市営地下鉄といえば、青葉区のあざみ野駅から西区の横浜駅を経由して藤沢市の湘南台駅を結ぶブルーライン、緑区の中山駅からセンター南駅、センター北駅でブルーラインと接続しつつ港北区の日吉駅に至るグリーンラインがある。

しかしカーメンさんのキニナルにもあるように、金沢区には金沢シーサイドラインこそあれ、地下鉄は全く通っていない。地下鉄の路線が通っていない場所に旧型車両が移され、保存されている理由とその車両に今回は迫ってみよう。



市営地下鉄開業当時の名車の概要




実は筆者、この車両の正体を知っている。それは横浜市営地下鉄ブルーラインの開業当初から活躍していた「1000形」という車両だ。1972(昭和47)年の地下鉄開業当初から運行を始め、2006(平成18)年にその役目を終えた。

開業当初は伊勢佐木長者町~上大岡間の路線だったが、その後段階的に延伸し、1999(平成11)年に現在のあざみ野~湘南台間まで開通した。その傍らに、常に1000形がいたことだろう。

2006年といえば、筆者はまだ小学生だった頃だ。今ほど鉄道のことをよく知らなかったために、気づかぬうちに1000形が一線を退いてしまっており、後で知った時にもどかしい思いをしたのを覚えている。

また、この車両はステンレス製の車体を採用し、ドアだけが青く塗装されていたのが特徴的だ。ドアだけに色が塗られている電車…、最近どこかで見た覚えがないか?そう、山手線だ!JR山手線のE235系もドアだけ黄緑色になり、市営地下鉄と似たデザインになっている。偶然かもしれないけど、これはこれで気になるところだ。



山手線のE235系はドアの部分だけ黄緑色(過去記事より)




横浜市の協力のもと、金沢工場で懐かしの車両とご対面!




それでは期待に胸躍らせつつ、金沢区の資源循環局金沢工場まで行ってみよう。まずはシーサイドラインの並木中央駅で下車。駅前はシーサイドラインの車両基地や湾岸道路に隣接しており、地下鉄がいるとは考えにくい。というかそもそも通っていない。



シーサイドラインでここまで来たが、明らかに地下鉄は通っていない


今回は初訪問だったので並木中央駅を利用したが、実際は幸浦駅も最寄りになる。両駅間にある「幸浦二丁目」交差点から横浜市消防局の出張所や江戸清の横浜本社工場がある通りに入り、海に突き当たるギリギリまでまっすぐ進んだところに資源循環局金沢工場の入口がある。

ひとことで言えばごみ処理施設であり、工場奥の投入ステージからごみを投入し、焼却。その際に発生した熱は隣接するリネツ金沢の温水プールなどに利用されている。



「幸浦二丁目」交差点。鉄橋を渡るシーサイドラインが目印



海に近づいてきたところで、金沢工場の入口が見えてくる



ごみを収集、焼却し、発生した熱を温水プールに利用している


そして、工場の敷地内に入って、隣接するリネツ金沢に続く橋をくぐると、ブルーラインの懐かしの名車が目の前に現れた!1041号の番号を冠した先頭車両だ。地下鉄が通っていない金沢区に、かつて地下鉄で活躍した車両が確かにいた。


これこそが横浜市営地下鉄の1000形!筆者にとっても懐かしい


ここからは、横浜市資源循環局金沢工場、技術管理係長の細川稔一(ほそかわ・としかず)さん、技術管理係の飯島和義(いいじま・かずよし)さん、横浜市交通局技術管理部車両課、車両設計担当課長の熊谷勝博(くまがい・かつひろ)さんにご協力いただき、横浜市営地下鉄の1000形をもっと詳しく見てみよう。


左から、飯島さん、細川さん、熊谷さんにご協力いただいた




古紙と古布の一時保管場所として譲受




まず率直に、1000形の1041号が金沢工場にやってきたきっかけを聞いた。金沢工場の細川さんによれば、2005(平成17)年2月に、古紙と古布を一時保管するストックヤードとして使おうということで、横浜市交通局より無償で譲渡されたとのこと。

「当時2004(平成16)年から2006(平成18年)にかけて、順次1000形が廃止されていく流れがあったみたいで、廃車になる車両を無償でいただけるとの話をいただきまして、金沢工場に入れていただいたという経緯があります」と細川さんは振り返る。



現役時代の1000形(画像提供:横浜市交通局)


2005年は4月から横浜市内で家庭ごみの分別品目が拡大された年でもある。「ヨコハマはG30」と聞いた覚えのある人もいるはずだ。そこで、廃車される車両を古紙と古布を一時的に保管する場所にしようという動きがあり、横浜市交通局から1000形の1041号車を譲受した。

なお、現在は古紙・古布のストックヤードとしての役目は終わり、年1回のイベント時に見学用として開放している。




金沢工場の1000形(1041号)は「へら星」行きに。ごみを「減らせい」という意味




もう片方は「あざみ野」行きのまま。こちら側は行き先が適宜変更される


また、車両を無償譲渡したということについては横浜市交通局の熊谷さんより補足。当時、1000形の廃車が進んだ際に、全部解体して処分するよりも「引き取ってくれる方がいたら」とのことで、一般向けに公募を募ったという。しかしその時に一件も契約が成立しなかったため、金沢工場との協議の上、先頭車両の1041号車がここに引き取られた。

搬入時は新羽車両基地から運ばれ、その運搬費などは資源循環局(当時は環境事業局)側が負担した。考えてみれば、電車1両をまるまる置ける場所や諸経費は、一般家庭や会社の敷地にはない場合がほとんどだ。他のところで車両譲渡の契約が成立しなかったのも無理はない。



当時としても斬新だったデザイン




ところで、取材前からずっと気になっていた「ドアだけ青色に塗られたデザイン」には、どんな狙いがあったのだろうか。熊谷さんによると2つ理由があり、一つはステンレス車体を採用するにあたり、単調にならないように、アクセントとして塗装したこと。

もう一つは、乗車口が分かりやすくなるようにしたとのこと。この塗り分けはなかなか珍しいと筆者は思うが、当時のことを知っている熊谷さんからも「当時としても斬新だったのは間違いないと思います」とのこと。





左右ともドアの部分だけが青い。これがデザイン上のアクセントになり、かつ乗車口の分かりやすさにも貢献した


しかし長年塗り直しが行われていないためか、青い塗装は薄れ、所々はがれてしまっていた。はがれた塗装の下もステンレス素材だということが分かったので、それはそれで一つの発見にはなったが。

反面、塗装のないステンレスの部分にはほとんど傷みが見られなかった。ドア部分の青い塗装がもし今後塗り直されたとしたら、1041号は現役さながらの雰囲気に戻るかもしれない。



塗装がはがれた部分から、ステンレスの下地があらわになっていた




現役当時の姿が色濃く残る車内




車内にも入ってみよう。車内は白の化粧板があしらわれており、オレンジ色の座席が並ぶ。ドアにも化粧板が張られており、なおかつ現役の車両と比べてドアの幅も狭いので、今の車両とは雰囲気が割と異なっている。座席は多少色あせてしまっていたが、それでもオレンジ色が良いアクセントになっており、当時の雰囲気も色濃く残っていた。



白い壁面に、オレンジの座席が目を引く車内



座席はオレンジ色のロングシート。白い壁の空間では特に目を惹く



座席上の棚には金網が使用され、れっきとした「網棚」に



ドアにも白い化粧板が張られており、現役の車両とは雰囲気やドアの幅が異なる


実は1000形、運行開始当初は3両編成で、冷房も付いていなかった。1977(昭和52)年に5両編成に、そして1984(昭和59)年に現在と同じ6両編成になった。その後1992(平成4)年に更新工事が行われ、この時に冷房が取り付けられた。


天井が低くなっている部分が冷房。更新工事で新たに取り付けられた


冷房設置と同時にドア上にも案内表示が追加された。赤、緑、オレンジの3色表示で、次の駅や行き先を表示する文字が流れる方式だ。現在このタイプの案内表示は減り、液晶ディスプレイに置き換わりつつあるため、文字だけが流れる案内表示もだんだん懐かしさを帯びてくる。


右から左に次の駅や行き先が流れる案内表示



別のドアには、進行方向と次の駅が点滅するタイプの案内も


乗務員室手前のスペースは、片方がボックスシートで片方が車いすスペースとなっている。熊谷さんによると、これも更新工事の際に改造されてこうなったとのこと。

更新前は左右とも3人掛けのロングシートだったため、車いすスペースを設置するために一方の座席を撤去すると、着席定員が3人減ってしまう。そこでもう片方をボックスシートに変更することで4人が座れるようにし、着席定員の減少を2人に抑えた。



左側がボックスシート、へら星人「ミーオ」のパネルがある右側が車いすスペース



地下鉄車両のボックスシートはなかなか珍しい




乗務員室には車掌乗務時代の面影も




残るはいよいよ乗務員室だ。非常扉を中央に、左右それぞれに数多くの計器やスイッチが並んでいる。非常扉には窓がないので若干閉塞感を感じるが、これも昭和の地下鉄ならでは。天井には今や珍しい扇風機も残っており、なおさら懐かしい。



真ん中は非常扉となっており、緊急時にはここから脱出できる





所狭しとスイッチが並ぶ中、足元には消火器も常備



乗務員室天井の扇風機。これも今は非常に珍しい


横浜市営地下鉄では現在、全線でワンマン運転が行われているが、1000形の現役時代は車掌が乗務していた。その頃の車掌スイッチや、運転士に合図を送るブザーのスイッチもそのまま残っている。しかもまだ動く!金沢工場のご厚意で電気を通してもらったので、ブザーのスイッチを押すと「プーッ!」という音も鳴った。

自分でスイッチを押してみると当時の乗務員のやり取りがなんとなく想像できる。



乗降ドアのスイッチ。下から上に押すとドアが開き、上から下に押すと閉まる



ドアを閉めた後、緑色のスイッチでブザーを鳴らして運転士に合図


そして運転台。電車を加速させるマスコン(マスターコントローラー)ハンドルと、減速させるブレーキハンドルがそれぞれ独立している「ツーハンドル」の運転台だが、1000形の場合はマスコンもブレーキも前後に倒して操作するタイプだ。ブレーキハンドルは横にまわすタイプが多いが、このような前後型も時々見かけることがある。


1000形の運転台。足元のペダルは警笛とライトの向きの調整



ハンドルは左がマスコン(加速)で、右がブレーキ(減速)。どちらも前後に倒して操作



これが速度計。デジタル表示に合わせて上のバーも伸びる


運転台の窓から前を見ると、目の前にはトンネル・・・ではなく植込みがあった。それでもここでハンドルを握ってみれば、運転士気分に浸れるのは間違いない。筆者も思わず電車のドア開閉やモーターの音を口ずさみながら、ブルーラインの名車を心ゆくまで見学した。


頭の中に地下鉄を思い浮かべて「出発進行!」




イベント時には一般公開。新羽車両基地でも静態保存




現在この1041号は古紙・古布のストックヤードの役目は無くなり、専ら見学用に残されている。1年に1回金沢工場のイベント「金沢工場 3R夢!フェスタ」が開催され、その時は一般向けに解放されるので誰でもじっくり名車を観察することができる。

また、ブルーラインの新羽車両基地にも、3両編成に短縮された第一編成が保存されており、「はまりんフェスタ」開催時に一般公開されている。過去には上永谷車両基地でもイベントが開催されたことがあり、その際は深夜に1000形の保存車両を新羽車両基地から回送したこともあるとのこと。それだけこの車両に対する横浜市やファンの思い入れの強さがうかがえる。

筆者以外にも見る人が見れば懐かしさを感じ、子どもたちの場合は今の車両とは違うデザインに心を惹かれるかもしれない。これらの機会を活かして、ぜひ地下鉄の初代車両を体感してみてはいかがだろうか。ただし今年は「金沢工場 3R夢!フェスタ」、市営地下鉄の「はまりんフェスタ」とも、新型コロナウイルス拡大防止のため中止となる。




取材を終えて




ブルーライン開業当初に活躍し、貴重な保存車両となった1000形車両・1041号は、古紙・古布のストックヤードとして横浜市交通局から無償で譲渡され、金沢工場にやって来たことがわかった。

青い塗装は残念ながら薄れたりはがれてしまっていたが、無塗装の部分にはあまり目立ったダメージがないことや、ドアスイッチや運転台などまだ動かせる部分があったことから、保存車両としては十分生きていると実感した。



ブルーラインの初代車両を、保存車を通じてたっぷり知ることができた


ブルーライン開業当初から1000形は活躍を続け、横浜駅と上永谷駅への延伸、舞岡駅、戸塚駅と新横浜駅への延伸、そしてあざみ野駅と湘南台駅への延伸の全てを経験してきた。そして今度は現行の3000形たちが、将来的に小田急線の新百合ヶ丘駅まで乗り入れることとなる。金沢工場の1041号車は、ここから後輩の活躍を静かに応援しているのかもしれない。



―終わり―


取材協力
横浜市交通局
横浜市資源循環局金沢工場

画像提供
横浜市交通局


参考資料
『ビジュアルガイド 首都圏の地下鉄』 発行:イカロス出版 2012年
『みなとみらい線開業記念 横浜地下鉄物語 それは路面電車からはじまった…』
編集:横浜都市発展記念館、横浜開港資料館 2004年

横浜市営地下鉄ホームページ「地下鉄車両の紹介」
https://www.city.yokohama.lg.jp/kotsu/tanoshimou/otanoshimi/sharyosyoukai982022.html



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  • 当時の担当者らが後先考えずに安易な理由で引き受けた結果、現状では大きな粗大ゴミを公開放置する他ない後世にとっての迷惑話か。後の利用用途もないまま活かすも廃棄するも金と手間がかかるんで長年理由付けしてほったらかしにしてただけだろ。小規模なイベント開催であたかも需要があるように見せかけてるが無理がある。もはや潔くバラして売れそうな部品などはオークションにでも出して残りは解体へと回す以外ない。

  • 車両や航空機等屋外保管の場合、必ずぼろぼろの無残な姿になるパターン。残念。

  • 1000形車両、懐かしいです。確か7歳の時に引退したなと記憶しています。山手線のE235系を初めて見てなんか懐かしさを感じたのは、1000形のせいですね(笑)

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