家を建てるなら20代! 〜ヨコタテで叶えた理想の一戸建てライフ〜
“家を建てるなら20代!

ログイン/会員登録

こんにちは、ゲストさん。

ログイン/会員登録する

ログインすると、すべてのコンテンツを
ご利用いただけます。

ゴールデンウィーク(GW)マル秘大作戦〜2017年版・はまれぽ流〜 [はまれぽ.com]
イベントカレンダー2017年4月

Question みんなのキニナル投稿

投稿の中から、はまれぽ編集部もキニナルことを調査してお答えします!
ぜひ投稿してみてね。(200文字まで)

投稿はこちらから

みんなのキニナル

    横浜市戸塚区の戸塚芙蓉保育所が、市から支払われる委託費などで用意すべき土曜日の給食を提供せずに保護者からは弁当を持参させながら、市の調査へは提供していたように虚偽記載していた事が発覚しました。他自治体...

    よこはまいちばんさん

    4月29日~5月7日にかけてゴールデンウィークですが「あかいくつ」や「ぶらり観光SAN路線」はどの程度混雑しそうですか?ぜひ取材をお願いします。

    ハマの達人さん

    磯子駅からマリコム磯子、間門、イオン本牧店、元町、桜木町を通り横浜駅東口まで歩くとどのぐらいかかりますか?出来るだけ早くレポートに行って来て下さい。なかなか歩く機会が無いので楽しみにしております。

    ハマの達人さん

もっと見る

あなたはどう思う?

過去のアンケート結果はこちら

もうすぐGW。期間中はどこで過ごす?

横浜市内で過ごす
神奈川県内で過ごす
関東圏内で過ごす
関東圏から脱出する
海外で過ごす
そのほか
休みなんかない
興味なし

投票せずに結果を閲覧

アクセスランキング

ジャンル
1位
「4月27日今日は何の日?」
2位
「入ってはいけない」中華街食べ放題はこんな店! 経営者が覆面座談会で中華街の裏事情を告白!
3位
激安激ウマ!? 「オーケーみなとみらい」にオープンした焼肉店をレポート!
4位
駅のホームの立ち食いそば屋さんを完全制覇! ~京浜東北線・根岸線編~
5位
横浜でガッツリみそラーメンが食べられるお店ってどこ?
6位
辛すぎるのにうまい! 激辛ラーメンを提供する戸塚の2店舗に突撃!
7位
京急金沢八景駅ホーム沿い、ありえない高さに出入り口がついている建物の正体は?
8位
200円にこだわった、川崎の「POPカレー」に迫る!
9位
【編集部厳選】これさえ知ってれば横浜ツウ! これが「横浜穴場グルメ」だ!
10位
本牧にある「ちょっとすごい」手作りソーセージのお店に突撃!
11位
知っていれば超お得!いつでも停められる!?みなとみらいにある穴場の駐車場を徹底レポート!
12位
8年ぶり、横浜にウェンディーズが復活! 今後の店舗展開の行方は?
13位
4月14日にそごう横浜店にオープンした「タカナシミルクパーラー」はどんな感じ?
14位
磯子区の団地の近くにかつて「底なし沼」があったって本当?
15位
横浜駅のベストな待ち合わせスポットはどこ?
16位
今はなき「ジェミニ」や「117クーペ」の展示も!? 働くクルマの殿堂、「いすゞプラザ」を訪問!
17位
かつて大流行した横浜限定ブランド「FREEWAY428」が2017年4月に復活!?
18位
鉄道6社が乗り入れる横浜駅!最速で乗り換えできるルートは?
19位
開店10年以上の"家系ラーメン・プチ老舗店"の店長が次に目指すラーメンとは?
20位
イモひとすじ60年以上! お父さんが一人で切り盛りする野毛山の絶品「大学いも店」に突撃取材!
21位
新横浜にあるセクシービキニ居酒屋ってどんな店?
22位
【編集部厳選】4月からのハマっ子もこれで安心! 横浜駅徹底ガイド!
23位
メニューや佇まいが“そっくり”な家系ラーメン2店の謎を探る
24位
川崎駅前に九龍城?!ウェアハウス川崎店ってどんなところ?
25位
【はまれぽ名作選】「京急ウィング号」が県内利用者数ナンバーワンの横浜駅を通過する理由は!?
26位
はまれぽ的「変わり種」提案にもチャレンジ!? かっぱ寿司の「変わり種」メニューを調査!
27位
アジア初上陸の驚愕アトラクションを体験! はまれぽ流「マッスルモンスター」のすゝめとは?
28位
“中華街カレー” ブームのパイオニア! 横浜中華街の老舗店で50年以上前から提供している絶品カレー!
29位
市民も誰も知らない? 横須賀を作り上げた英雄・デッカー司令官って何者? 前編
30位
江ノ電藤沢駅にポツンとある謎のボタンの正体は?
横浜人にインタビュー
教えて○○さん!
はまれぽの記事がアプリでサクサク読める!! はまれぽアプリリリース!!

横浜のココがキニナル!

中区にある千代崎川の歴史を調べてください。(たつのりさんのキニナル)

はまれぽ調査結果

千代崎川はかつて中区に存在した河川。歴史と共に姿を変えて、現在は小港の河口付近にのみその姿を見ることができる。

ライター:松崎 辰彦 (2017年03月21日)

かつて中区を流れていた「千代崎川」

かつて横浜市中区に千代崎川(ちよざきがわ)という川があった。
 


関東大震災前の千代崎川の流路(画像提供:長沢博幸)


南区山谷を源流として最後は中区小港の河口から海に流れ出たこの川はかつて全体にいくつかの支流を持ち、中区の柏葉・麦田・大和・上野・千代崎・北方・本牧・小港を横断した。

多くの住人の思い出に残りさまざまなエピソードの舞台となった川であったが、現在その姿を見ることはできない。1962(昭和37)年に川の大部分が暗渠(あんきょ)化され(蓋をされ)地下に潜った“見えざる川”になったからである。

わずかに小港から東京湾に流れ込む部分のみが覆われず開渠(かいきょ)として、道行く人々の視線にさらされている。

現在「千代崎川」と言えるのはこのわずかな流れにとどまる。
 


現在、小港でのみ見ることのできる千代崎川の姿


時代の移り変わりとともに忘れられつつある川だが、地元有志の企画提案による碑の建立など、その存在を人々の記憶にとどめる努力がなされている。関東大震災、東京オリンピックと歴史の節目でその姿を変えてきた千代崎川はまぎれもなく横浜の歴史の一場面であった。

ここに千代崎川の流れを時間をさかのぼって追ってみたい。



千代崎川は歴史とともに姿を変えた

「千代崎川は猿田川(さるたがわ)の源流から河口まで4.3キロメートルほどの川です。その源流は江吾田川(えごたがわ)・蓑沢川(みのさわがわ)・猿田川の3つの河川で、それが山元町2丁目で合流して一本の川になっています」

今回お話をうかがったのは本牧の郷土史家である長沢博幸(ながさわひろゆき)さん。
 


長沢博幸さん。小港橋の模型とともに


かつての小港橋(画像提供:長沢博幸 原典『復興の横浜』)


かつて中区大和町に巨大な射撃訓練場が存在していた!?』『本牧って昔はどんな感じだった?』そして『世界を魅了した!? 本牧にあった享楽の場「チャブ屋」と伝説の娼婦「お六さん」の生涯をレポート!』と本牧関連のはまれぽ記事に何度もご登場いただき、“過ぎし日の本牧”への道案内をお願いしている。

「取材を受けた『はまれぽ.com』の記事に“面白かった”が多いと励みになります」と長沢さん。

千代崎川への思いは誰よりも強く、その調査研究は余人の追随を許さない。

「3本の川の中でも一番長いのは猿田川で、それを考えると猿田川こそが千代崎川の本流であり源流と言えるでしょう」
 


猿田川本流源泉(画像提供:長沢博幸)

 
猿田川の源流は米軍根岸住宅内にあって入ることができず、正確な位置は分かっていない。
江吾田川、蓑沢川の源流はおよその場所の特定はできているというが、現地に説明板があ
るわけでもなく、現在は地下から発した水流はすぐ下水道に導かれるので、地表から
の確認は不可能である。
 


江吾田川本流源泉(画像提供:長沢博幸)


蓑沢川本流源泉(画像提供:長沢博幸)

 
3本の川が合流し、東京湾に流れ着くまでにいくつもの町を通過するが、出口のわずかな部分を除くほとんどが地下であり、見えざる河川となっている。

そして、この川は時代とともにその流れを変えてきた。

「もともと千代崎川はこの図の緑の線でした。いくつもの支流を持ち、ときに洪水被害も出しました」
 


震災前・震災以後の千代崎川全体図(画像提供:長沢博幸)


江戸時代から大正にかけて、千代崎川に大きな変化はなかった。ただ明治時代の終わりに河口付近の流れが人為的に変えられた。
 


千代崎川の変化 AからDへ(画像提供:長沢博幸)


「この図のAが江戸時代から明治にかけての流れです。Aから涙橋(なみだばし)を通って河口に流れ出ていたのです。それが明治の終わりに流れをD、Eに変えるような掘削工事が行われました」

それ以外は関東大震災まで江戸時代の形が保たれていたと長沢さんは説明する。



震災後に改修工事を受けた

1923(大正12)年の関東大震災により、千代崎川はその姿を大きく変えた。

「関東大震災後に全体の流れを変える大きな工事が行われ、多くの支流が埋め立てられました。流れがまっすぐになったことで洪水がなくなり、流れが速くなりました。『震災前・震災以後の千代崎川全体図』で言うと赤い線です」と解説する。


震災前・震災以後の千代崎川全体図(画像提供:長沢博幸)


たしかに震災前は多くの複雑な経路を持ち、どれが本流か区別できないほどに入り組んだ川筋をしているが、震災後の改修工事では直線的で単純なものに改められている。

改修の範囲は河口の北方町小港から根岸町(現在は中区)柏葉まで、2454.5メートルに及ぶ大工事であったことが『横浜復興誌』には記されている。
 


『横浜復興誌』(画像提供:長沢博幸)


震災後数年間の間に、24の橋──小港橋・東泉橋・西泉橋・箕輪橋・和新橋・竹泉橋・市場橋・新桜橋・落合橋・宮前橋・中野橋・上野橋・西の谷橋・五月橋・立野橋・大和橋・麦田橋・竹の丸橋・鷺山橋・坂本橋・柏葉橋・新川橋・美登利橋・杙下橋 ──が架けられた。現在では“震災復興橋”として記録に残されている。
 




震災復興橋(画像提供:長沢博幸)


旧中野橋(画像提供:長沢博幸)


旧五月橋(画像提供:長沢博幸)


旧大和橋(画像提供:長沢博幸)


旧杙下橋(くいしたばし)(画像提供:長沢博幸)


旧山元橋(画像提供:長沢博幸)


かつて橋があった場所は親柱が保存されている場合もあるが、そうした遺物がなくわかりにくい箇所も多い。時とともに地表は様相を変え続けている。
 
 
姿を変えた現在も人々の心に残る千代崎川 キニナル続きは次のページ
 

最初へ

前へ

1

2

次へ

最後へ

はまれぽアプリ
App Store
Google play




【関連記事】

根岸線桜木町と石川町界隈はかつて川だった!?

中村川は元町と山下町を分けるためにできたって本当?

開港前の横浜、旧海岸線を探し歩く旅! 西区~中区編