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中区にある千代崎川の歴史を調べてください。(たつのりさんのキニナル)

はまれぽ調査結果!

千代崎川はかつて中区に存在した河川。歴史と共に姿を変えて、現在は小港の河口付近にのみその姿を見ることができる。

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2017年03月21日

ライター:松崎 辰彦

かつて中区を流れていた「千代崎川」

かつて横浜市中区に千代崎川(ちよざきがわ)という川があった。
 


関東大震災前の千代崎川の流路(画像提供:長沢博幸)


南区山谷を源流として最後は中区小港の河口から海に流れ出たこの川はかつて全体にいくつかの支流を持ち、中区の柏葉・麦田・大和・上野・千代崎・北方・本牧・小港を横断した。

多くの住人の思い出に残りさまざまなエピソードの舞台となった川であったが、現在その姿を見ることはできない。1962(昭和37)年に川の大部分が暗渠(あんきょ)化され(蓋をされ)地下に潜った“見えざる川”になったからである。

わずかに小港から東京湾に流れ込む部分のみが覆われず開渠(かいきょ)として、道行く人々の視線にさらされている。

現在「千代崎川」と言えるのはこのわずかな流れにとどまる。
 


現在、小港でのみ見ることのできる千代崎川の姿


時代の移り変わりとともに忘れられつつある川だが、地元有志の企画提案による碑の建立など、その存在を人々の記憶にとどめる努力がなされている。関東大震災、東京オリンピックと歴史の節目でその姿を変えてきた千代崎川はまぎれもなく横浜の歴史の一場面であった。

ここに千代崎川の流れを時間をさかのぼって追ってみたい。



千代崎川は歴史とともに姿を変えた

「千代崎川は猿田川(さるたがわ)の源流から河口まで4.3キロメートルほどの川です。その源流は江吾田川(えごたがわ)・蓑沢川(みのさわがわ)・猿田川の3つの河川で、それが山元町2丁目で合流して一本の川になっています」

今回お話をうかがったのは本牧の郷土史家である長沢博幸(ながさわひろゆき)さん。
 


長沢博幸さん。小港橋の模型とともに


かつての小港橋(画像提供:長沢博幸 原典『復興の横浜』)


かつて中区大和町に巨大な射撃訓練場が存在していた!?』『本牧って昔はどんな感じだった?』そして『世界を魅了した!? 本牧にあった享楽の場「チャブ屋」と伝説の娼婦「お六さん」の生涯をレポート!』と本牧関連のはまれぽ記事に何度もご登場いただき、“過ぎし日の本牧”への道案内をお願いしている。

「取材を受けた『はまれぽ.com』の記事に“面白かった”が多いと励みになります」と長沢さん。

千代崎川への思いは誰よりも強く、その調査研究は余人の追随を許さない。

「3本の川の中でも一番長いのは猿田川で、それを考えると猿田川こそが千代崎川の本流であり源流と言えるでしょう」
 


猿田川本流源泉(画像提供:長沢博幸)

 
猿田川の源流は米軍根岸住宅内にあって入ることができず、正確な位置は分かっていない。
江吾田川、蓑沢川の源流はおよその場所の特定はできているというが、現地に説明板があ
るわけでもなく、現在は地下から発した水流はすぐ下水道に導かれるので、地表から
の確認は不可能である。
 


江吾田川本流源泉(画像提供:長沢博幸)


蓑沢川本流源泉(画像提供:長沢博幸)

 
3本の川が合流し、東京湾に流れ着くまでにいくつもの町を通過するが、出口のわずかな部分を除くほとんどが地下であり、見えざる河川となっている。

そして、この川は時代とともにその流れを変えてきた。

「もともと千代崎川はこの図の緑の線でした。いくつもの支流を持ち、ときに洪水被害も出しました」
 


震災前・震災以後の千代崎川全体図(画像提供:長沢博幸)


江戸時代から大正にかけて、千代崎川に大きな変化はなかった。ただ明治時代の終わりに河口付近の流れが人為的に変えられた。
 


千代崎川の変化 AからDへ(画像提供:長沢博幸)


「この図のAが江戸時代から明治にかけての流れです。Aから涙橋(なみだばし)を通って河口に流れ出ていたのです。それが明治の終わりに流れをD、Eに変えるような掘削工事が行われました」

それ以外は関東大震災まで江戸時代の形が保たれていたと長沢さんは説明する。



震災後に改修工事を受けた

1923(大正12)年の関東大震災により、千代崎川はその姿を大きく変えた。

「関東大震災後に全体の流れを変える大きな工事が行われ、多くの支流が埋め立てられました。流れがまっすぐになったことで洪水がなくなり、流れが速くなりました。『震災前・震災以後の千代崎川全体図』で言うと赤い線です」と解説する。


震災前・震災以後の千代崎川全体図(画像提供:長沢博幸)


たしかに震災前は多くの複雑な経路を持ち、どれが本流か区別できないほどに入り組んだ川筋をしているが、震災後の改修工事では直線的で単純なものに改められている。

改修の範囲は河口の北方町小港から根岸町(現在は中区)柏葉まで、2454.5メートルに及ぶ大工事であったことが『横浜復興誌』には記されている。
 


『横浜復興誌』(画像提供:長沢博幸)


震災後数年間の間に、24の橋──小港橋・東泉橋・西泉橋・箕輪橋・和新橋・竹泉橋・市場橋・新桜橋・落合橋・宮前橋・中野橋・上野橋・西の谷橋・五月橋・立野橋・大和橋・麦田橋・竹の丸橋・鷺山橋・坂本橋・柏葉橋・新川橋・美登利橋・杙下橋 ──が架けられた。現在では“震災復興橋”として記録に残されている。
 




震災復興橋(画像提供:長沢博幸)


旧中野橋(画像提供:長沢博幸)


旧五月橋(画像提供:長沢博幸)


旧大和橋(画像提供:長沢博幸)


旧杙下橋(くいしたばし)(画像提供:長沢博幸)


旧山元橋(画像提供:長沢博幸)


かつて橋があった場所は親柱が保存されている場合もあるが、そうした遺物がなくわかりにくい箇所も多い。時とともに地表は様相を変え続けている。
 
 
姿を変えた現在も人々の心に残る千代崎川 キニナル続きは次のページ
 

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